断薬一覧

不眠からの脱出。

1年前は完徹もしていたのに、最近はどんなに焦燥感があっても割と引きずらずに寝れる。眠れないかもという不安もない。

そのうち眠れるし、焦る必要はまったくない。眠くなるのを待てばいいとすら思っている。

成長したなぁ。

あんな暗黒の時代があったのに、闇なんて明けるはずがないと思っていたのに、とうとうこんな日がくるとは。

断薬で苦しんでいる人がいるなら、絶対に闇は終わると信じてほしい。

電車も乗れなかったのに、今では満員電車も平気。

普通のことだけど、普通じゃない。よくがんばりましたと自分に言いたい。

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つらい経験のお仲間さん。

久しぶりにご近所さんとお茶をした。

その方自身が、以前私と同じく工事現場の騒音にやられて自律神経失調症だったのに、実は娘さんが長いこと患っているよう。

私はいつのまにか断薬も終わっているので、その過程をお話ししてみた。やはりこんな話をするお友だちはいないようで、似たような環境と脱出するためのあれこれを勉強になると聞いてくださった。

私はたまたま自力で這い上がったけれど、誰にも言えず、堂々めぐりばかりで術がわからない人はたくさんいるんだろうなと改めて感じた。自律神経だけでなく、摂食障害も同じ、遠からず関係ある。彼女もそう。なにより薬物が人間の思考を止めてしまう気がする。これは多くの経験者の方々が論じている通り。

脱出する方法は人それぞれ。だからこれをしなさいとは絶対に言えない。その代わりに自分の経験はお伝えできるし、参考に聞いてもらえればそれだけでいい。

ただ、一緒にいる家族がどれだけ影響を与えるのか、それも考えた方がいい。過保護過ぎると、本人は決して這い上がることはできない。かわいい子供だからとかわいがらすきると失敗する。永遠に立ち上がれない。

早く抜け出せるといいな。

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366日目。断薬から一年が過ぎて。

断薬から一年。この日が迎えられるとは想像すらしていなかった。長いような、短いような、何もしていないようで、自分と向き合えたような。サラリーマン生活をしていると考えもつかなかった日々を過ごしていたと思う。


断薬とともに膵炎、摂食障害、強迫症など、様々な病名を抱え、何がどうなっているのかわからないことばかりで、それはとても生きづらい毎日だったけれども、今生きていることは事実。仕事もないし、頼れるところもないけれど、死のうとは思っていないことも事実。くじけたり、心が折れたりすることももちろんあるだろうけど、そうなったときにまた考えればいい。今日はとにかく無事に一年過ぎたことを喜ぼう。

小さな諸症状はあれど、残っている離脱症状は不眠くらいなのではないかと思う。寝つきが悪く数時間しか眠れないこともあるが、貫徹することはすっかりなくなり、眠れないことに対する不安も薄らいだ。ここまでこれたことには正直驚いている。
断薬についてはここで一区切りとしたいと思う。

雑ながらも毎日ブログにして書き綴ってきたことは、離脱に非常に大きな影響を与えたと思う。どんなことにせよ、日々書くことによって考える時間を作り、問題があれば答えを出そうと模索する。確かに1日も休まず書くことは、強迫症にはきつかった。悪化してるんじゃないかとも思った。それに、目をつぶって何もしないでいることもできたけど、ここで誓ったことはやらなきゃいけないと、自分の背中を押しまくられた。この小さな行動の積み重ねが早い復活への手助けになったのは間違いない。何も考えずに過ごす1年と、壊れた頭でも考え続けた1年は、本当に大きな差があると思う。それに、孤独に耐えながら、でも、ここがあるから孤立はしていないとも思えた。書くことは、一番効き目のある方法だった。追い込んででも続けてよかった。
これからは、不眠はもちろん膵臓や摂食障害、便秘に血尿など、まだまだ継続している問題を中心に、気負わず記録を残していこうかなと。強迫症にならないように、不定期になってもいいよと、日にちの表記もやめて、今日からは自分を甘やかし許すことにする。笑
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180日目。断薬から半年。

目安にしていた半年が経過。不思議なもので断薬当初の地を這うほどの恐ろしい苦しみは思い出されない。完全復活まではもう少しかかるかもしれないが、普通に近しい生活を、落ち着いた精神で送ることができている。
今でも困っているのは睡眠。体調によって眠れたり眠れなかったりと落差がある。ひどい時は完徹、眠れても3時間から6時間くらいをうろうろ。途中覚醒は当たり前で、連続しては眠れていない。以前に比べたら眠れたという感触は得られるようになったものの、もっと充実した睡眠をとることができたらと願う。睡眠がとれないとめまいやふらつきが起こり、その不安によって動けなくなったり自信をなくしたりして日中の行動にも影響がでる。少し眠れるだけでも、身体がラクになるのはもちろん、心もすこぶる調子が良くなる。睡眠の重要性がほんとによくわかった。さらなる改善を目指す。
やや困っていることは、視力低下、記憶障害、腰痛、肩こり、身体の硬直、めまい、イライラ、感情(時に攻撃的)、喉の詰まり、冷え、意欲の低下など。
身体が硬直することが呼吸にも影響し、睡眠にも及んでくるのでなんとかしたいところ。腰痛も昼間の行動を制限してしまうことと、横になっても痛みが続くので、こちらも睡眠に差し支えがある。冷えも同様。記憶はこれから困ることが増えそうなのでメモを忘れないようにするなどして防いでいくつもり。
感情の部分はかなり抑えられてきたと思う。ぐるぐる思考やイライラで暴れそうなことも減ってきた。人に当たってしまったり、不用意な発言をすることはもうない。できるだけ人と関わらないようにしたこと、冷静な判断ができるように自問自答し続けたこと、少しずつ外へ出てみて細かく様子を振り返ったり確かめたりしたことなどの成果かと。薬を使用する前の精神に戻れているのかは分からないが、毎日不安と苦しみで泣き崩れ、イライラで狂いそうだった頃からはかなり抜け出たと思う。
あと気になるのは髪質の変化。縮れた毛はそのままで、未だ美容院にも行く勇気がない。外へ出ることが増えたら身だしなみもきちんとしなければならないので、その頃に無理矢理行くんだろうな。
いくつか不安要素は残しているものの、こんな落ち着いた日常を過ごせているなんて、つい1ヶ月前でも想像してなかったと思う。それくらい急激な進歩を感じる。こうして生きていることも不思議。大きなところは乗り越えられたんだろうか。あの壮絶な日々は二度と繰り返したくない。

年内はいろんな人に会ったり、出かけたりもあるので、その都度自分を観察してまた記していこうと思う。
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160日目。断薬者のセミナー。

元発達障害兼断薬者主催のセミナーに行ってみた。聴講者には当事者、その家族、医療関係者など。主催者個人の経験を聞きつつ、サポート役の医療者が話すといった段取り。

結論から言えば、完全なる消化不良。個人の経験はやはり個人のものであって、参考にはなるかどうかは不明。断薬開始か以前なら聞けたかもしれないが、ここまでくると少し変わってくる。サポート医療者も言っていた。それぞれの経験はそれぞれのものであって誰にもは決して当てはまらないと。おそらく当事者でない家族や支援者の方ならこんなこともあるのかとふむふむと聞けるのだろう。逆にサポート医療者の話は複数人と対峙した裏づけに基づいた見解やそこからの広がり、研究結果によるものであったりするから理解しやすい。話し慣れもある。それは一般人、産まれてから障害に苦しんだ方なら余計に難しいだろう。質問に対する答えがまったく出てこない。噛み合わない。聞きづらさに苦しむ。仕方ない。
いずれにせよ、薬で治った人はいない、治すのは自分のみと終始撤せられた。支援者がいる人はいいが、ひとりで断薬することは孤独でしかないということ。ひどく心が痛んだ。
ではどうするか。ひとりで問題を直視し、心をコントロールしていくしかない。結局は自分しかいないのだ。例えばこうしてブログにしながら、日々起きたことに対し何を考え、どう動いて、何を思ったか、そして次は何をしていくかを決めていくことはおそらく間違っていない。私個人としては、このやり方があっていたのだと思う。そうやってここまできた。ただやっぱり私が欲しかったのはほんの少しでも相談と指南ができる場所。でも、やはり求めてはいけないのだ。いや、サポートはないものと思うべき。そう確信したとき、あっさりと放り出された感覚に陥った。まるでゴミのように。そのかわり、薬が抜けて頭のスイッチが入れ替わるのは、だいたい半年とのこと。それまでは何が起きるかわからないから、決して動じないことが大切だと。もう少しだ。
もうひとつ。最近得ている情報の共通点「体温を上げる」こと。体温を上げることで自律神経を整え、さらに汗などをかいてデトックスする。これは何にでも当てはまるようだ。

こうしていろんなところへ出かけて、いろんな人種を見ると混乱してくることもある。自分の軸をしっかり持っていないと崩れていきそうになる。
負けるな。
そうこうしているうちに、幸せを唱えて3日目。1ヶ月くらいすれ違いだったツレが会いにきた。何もなくても一緒に笑えていることが嬉しい。
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157日目。出会い。

昨夜はコーチングの講習会へ参加。主催者は元うつ患者&断薬経験者の方。ネットで見つけた時に何か得られるものがあればとポチッと参加ボタンを押していた。

コーチングのお話も精神患者を題材にしたもので、自分を重ねながら聴いていた。そして私個人の話もとてもたくさん聞いてくださった。誰かと離脱症状について同じ感覚で話していることが信じられない。初めてのことに動揺する。こんな近くに先輩がいるとは。現実味はないけれどこれは現実。想像もしていなかった現実。なんでも聞いてとのお言葉に甘えて、最大の悩みである不眠解消についてのご経験や、これから幸せを掴むための脳科学に基づいたご指導を受けた。
不眠解消にはとにかく冷えないこと。あっためること(長く続くことではないからお金のことは考えず暖房をガンガンに。お風呂にもたくさん入る)。眠れなければ諦める。脳にも栄養を与える。食べたいと思うものを食べる(脳が欲しているもの)。肉食になって(肉魚)便をしっかり出す。暇さえあれば幸せを描く、などなど。
潜在意識の中で願っている自分がほしい幸せを引き出してもらい、私ってこんなこと思ってたんだと、目から鱗。幸せになるイメージをさっぱりせず、まったく正反対のことをしていたことにも気づかされた。
断薬150日そこそこでよく来ていただいたと、ほんとうに嬉しそうに頭を下げてくださり、もうそれだけでもほろほろとくる。生死を彷徨いながら、たまたま生きる方に転がってしまっているだけなのに。ひとりで断薬をしてきたことに驚かれ、これからは一緒にがんばりましょうと言ってくださり、我慢していた涙腺も崩壊。参考になりそうだと本も2冊貸してくださり、近日中にさらに深くコーチングもしていただくお約束。こんな出会いがあるとは。外に出ないと何も掴めないことを実感した日だった。




11月17日。従兄弟が亡くなった。カッコよくて、クレバーで、自分の病気を知って結婚もしなかった。私の命をあげたかった。
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65日目。ひとり断薬の途中に思うこと。

昨夜は今までにないほどの頭痛でダウン。吐き気と腹痛まで伴い、左半身すべてに広がっていく。痛みが治まると意識が遠のく、またこの感覚。コントロール不能。落ち着いてから1時間×3回、2時間×1回。後半になるにつれよく眠れるパターン。

痛みがでると、いつも考える。このまま断薬は続けられるのか。終わりはくるのか。他に手立てはないのか。
ひとり暮らし。幸か不幸か。最初はいつ何が起きるかわからず、その都度ジタバタしたものだが、今は不安もなくひとりで病院に行ける。買い物もできる。少なくともあの生死をさまようほどの辛さからは遠のいたと思う。
ひとりならこの醜い状態を誰にも見られなくていいという安心感がある。夜中でも、どんなに喘いでも、泣き喚いても、直接的な迷惑はかけないで済む。たとえ一緒に暮らしていても、家族でも、この離脱症状は理解しがたいものだというから。
誰にも理解を得られないこともわかってきた。この状態を伝えるのはいくらなんでも難しすぎる。風邪ひいた、お腹が痛い、そんな話とは違いすぎる。たとえようがない。それを「痛い」「辛い」「苦しい」と言ったところで、誰が構ってくれるのだろう。楽しくもない、かける言葉もない、なんなら頭がおかしいと思われるだけ。当然のように聞いた人は必ず離れていく。それを覚悟したうえで、ひとり断薬はやるべきなのだと今さらながら思う。これは孤独との戦いでもある。
もし何を超えてでもサポートしてくれる方がいるのなら、本当にありがたいことだと思う。聞いてもらえるだけで救われることがあるから。もちろんそばにいてくれるだけでも。ひとりじゃないと心から思えるから。生きることを諦めないでいられるから。

一番の理解者はやはり苦しみを乗り越えた諸先輩方、今同じようにがんばっているみなさん。症状や効果は千差万別だけれども、ブログ等を拝見するだけでも、強い勇気や知恵をいただける。ネット社会でよかった。

望めるなら、せめて断薬を理解し、離脱症状を解明してくれる医師かカウンセラーがほしい。生きていくための指標がほしい。ひとつひとつ自力で究明し、対策を打つのには時間がかかりすぎる。生きやすい世の中に早くなることを願う。

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